coguma’s diary

主にパンと本と映画と…

【池上彰と考える、】自分は仏教徒なのか?

実家に帰ると自然とやることのひとつに

仏壇の前でお経を詠むという事があります。

これは、小さい時から夕飯の後にばあちゃんの隣に座ってお経を聞いていたからだと思います。

私は仏教徒だろうか?

ある日ふと考えました。

私は仏教徒だろうか?私というより、うちは仏教徒でいいのかな?

漢字がたくさん書かれたお経は詠むけど、

自分には仏教に対しての信仰心は持っていると自覚したことはないので疑問に思ったのです。

そこで仏教について調べてみようと、買ってみた本があります。

それがこちらです↓

 


 

 

見つけた時、池上彰さんはテレビで見て難しい話題やニュースも分かりやすく教えてくれるから、仏教が何たるか知らなくても理解しやすいはず!

という期待を込めて購入を決めました。

 

仏教と他の宗教のちがいってこれなんだ!

一般的に日本で暮らしていると仏教はお葬式や法事でお世話になるもの、

そういう行事の時に利用するものという感覚なのでは?

という問いかけがありました。そうです、と大体の人が思うはず。

 

しかし、本来の宗教とは心の拠り所となる存在であるものだと

本を読み進めると考えが変わってきます。

 

池上さんは仏教を知らない人に向けて、

仏教と並んで三大宗教のキリスト教イスラム教との比較を要所で入れてくれます。

そうしてくれる事で、自分が慣れ親しんでいるのは仏教だと実感してきます。

 

小さい頃から深い意味は知らずとも耳にしてきた仏教の教えが沢山あると知りました。

例えば「諸行無常」とか「四苦八苦」とか…

耳に馴染みのある言葉なのに意味を知らないという、己の教養が足りない事を痛感するばかりでした。

 

神々しい言葉のインタビュー

第一章では仏教と他の宗教との違いや、仏教の歴史、日本の中の仏教のことが書かれていましたが、

第二章からは、池上彰さんから仏教の中の高僧と呼ばれる方へのインタビューです。

これがとても良かったです。

雑誌や新聞で見るような会話を並べたようなものではなく、

本当にありがたいお言葉を聞いているような気持になれたのです。

 

ひとりめはタムトク・リンポチェという方です。

 

失礼ですが、僧侶の方はこちらが聞いた事にも、分かりにくい例え話を出して答え、

こちらは腑に落ちないまま終わるようなイメージがありました。

でも、リンポチェの言葉は分かりやすく、尚且つ、

池上さんの質問を呑み込んで真摯に答えているのが文章でも伝わってきます。

そして言葉に温もりがあることも。

文章を読みながら心の中で合掌していました。

 

次はダライ・ラマ法王。

 

ニュースでも聞く名前で、なんとなく偉い人という印象を持っていました。

このインタビューでダライ・ラマ法王のこれまでの大変な境遇を初めて知りました。

ここでもまた、自分がどれだけ重要な事を知らない無教養人間なのか痛感…。

このインタビューは東日本大震災の後に行われ、

仏教の頂点にいる者から考える震災に対する心持ちへアドバイスしてくれています。

これもまた、リンポチェと同じように心にストンと入ってくる

分かりやすいのに温かい言葉ばかり。

当事者でない人のアドバイスはどこかしらムッとしてしまう所が出そうなのに、

私は真っ直ぐ受け入れるべきと感じる言葉ばかりでした。

 

お二方に共通して感じたのは、

この人たちも人間なんだという事です。

ただの人間。決して神ではない。

でも、仏教によって作られた心は、

京都の有名な寺院で観るお釈迦様・観音様の像に感じる神々しさと同じだと思いました。

 

自分にとっての仏教への姿勢を考えはじめた

そんな神々しさを感じた後、仏教の活かし方を教えてくれる第三章に入ります。

 

仏教の教えを学ぶからこそ得られる物の見方がある事を知ると、

私は仏教を少しでも知れた事が嬉しくなりました。

そして、この本を読んだらもっと勉強したくなりました。

葬式仏教なんて関わり方はもったいない!と思います。

 

この本を読んだら、池上さんが最後に言っている

 仏教を知ることは、己を知ること。そして、日本を知ることです。

の言葉に深く深く頷けます。

 

仏教を知れた事は、お金を得られるわけではないけど、得した気持ちです。

 

今は、ダライ・ラマ法王のお話がYouTubeでも聞けるんです!

https://www.youtube.com/user/dalailamajapanese

他の言語に比べてチャンネル登録者数が少ないのが、

これまた日本における仏教の位置が表れている気がします。